江戸時代には敬遠されていた!?ちょっぴり寂しいいちごの過去
いちごと言えば、大好きなフルーツの上位にランクインされる程、日本人にとって馴染み深く欠かせない果物です。
そんないちごにも、ちょっぴり切ない過去があります。
古来の日本において野性のいちごは生育していたのですが、それはとっても小さな実。いわゆる、粒が大きくて見栄えのするいちごが日本にお目見えしたのは、江戸時代に大陸からオランダ人から伝わったことに起因します。
でも、このときのいちごは食べるというよりも、見て楽しむ観賞用が主流でした。なぜかというと、「いちご」の色が「血」を思い起こさせるからという理由からです。
確かに、真っ赤ないちごは血の色とも似ていますが、現代においては美味しそう!というイメージが強いですよね。
とはいえ、しばらくは観賞用としての役割を果たしていたいちごが好んで食べられるようになるのはもっと先の明治時代になります。当初、オランダから伝わった品種以外のいちごが、他の国から伝わってきたということも大きな要因です。
今のいちご狩りの様子を江戸時代の人々が見たら、何とも理解し難いなのかもしれませんね。
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